2009年5月10日日曜日


『かぞえ呼吸』

ところが、沈んでゆく自分の中で「そうだ、『かぞえ呼吸』だ」と声がしたようだった。

その声に続いて「足は第2の心臓だろう!」とも言っている。 

「足が凍傷になりそうな時は『足の指を動かし続ける』だったろう」などとも言っている。

頭の中で「1、2、3、4」と数えながら足の指を上下に動かそうとしてみた。動き出すのそんなに時間はかからなかったと思う。 頭の中で、「いーち」と言いながら息を吸い込んでみる。少し息が出来た。 「ふー」と吐く。 数を数えながら、次第に深く吸うようにする。足も指だけでなく足首全体を「バイバイ」する時のように上下させて、それに合わせてゆっくりと時間をかけながら吐き出して行く。

「い---ち」 「にーーーい」 息を吸う時に精一杯の力を込めてみる。 

そうこうしている内に、いつの間にか辺りが白んで来るにつれ、自分の中で「ここで死んだら意味が無いだろう」とか言っているようだ。

2009年5月6日水曜日


薄れてゆく意識と暗闇 

そのまましばらくして、いつもと違うもう一つの事に気が付き始めた。

「身体のどこそこ」でなく、自分全体が「ゆっくりと冷え始めているらしい」という事だ。

薄れてゆく意識と暗闇の中で、それは次第に「このまま死んで行くのではないか。」と言う確信のようなものに変わり、呼吸自体が、有るか無きかになるにつれそれは「確信」=「諦観」と成りつつあった。               
「沈む」のでなく、自分自身が湖の暗く冷たい湖水に変わって行くようなのだ。

 「苦しみ」は全くなく、「人は、こうして死んで行くんだ。」と、そこへ自分がゆっくりと自然な感じで下ってゆくとさえ感じられた。

 長い闘病のしんどさもあってか、そのまま意識を失ってゆくのも「至極楽かな。」とさえも思った。

2009年4月26日日曜日


 「自分」が消えてゆくよう
 生活のなかで鼻炎を忘れ始めていた、確か4月の始めごろの事だ。
その日はいつものように午前1時過ぎに就寝した。そして、まだあたりが暗いころだったと思う。
 ふと目が醒めた。そこには、はるか昔に体験した、連日痛飲した後にくるアル中症状のような、「かなしばり」状態の自分がいた。(医師から「酒=死」を宣告され、発症以来、酒は全く飲んでいない。) 
 身体が・手足が、思うようにならないと言うか、「自分の身体各部を意識できない。」のだ。機能しているのは視覚(=自覚)だけで、そこにあるのは目の前の天井と、横たわっている「自分の物でない他の誰かの身体」だけだ。

2009年4月22日水曜日


 いよいよ飲用へ  

  免疫力を付ける為に飲むので、初めは小スプーンに半分弱ほど採ってそれを湯冷まし1カップほどで薄めて毎朝飲み出した。10~11月ごろだった。

  はっきりとした記憶はないが2週間ほどはかえってくしゃみがひどくなったと思う。そこで止めずに続けて、少し落ち着きがでて来たので、量をスプーン半分強にしてさらに続けた。

  翌年は2月ごろに1回だけベコナーゼを両鼻に噴霧したきりで症状は、ほとんどでなくなった。症状が治まると杉茶を時々飲むのを忘れたりしたこともあったかと思う。

2009年4月19日日曜日


杉茶ガムシロップ

 その杉をほんのひと掴み(約10センチ×5本)を500ccの耐熱ガラス製コーヒー沸かしにいれ、ペットボトルの自然水を八分目ほど満たし、足し水をしながら沸騰の手前で煮てゆくと、3時間ほどで次第に濃い紅茶色になって来る。そこで火を止める。

 その煮汁を無漂白のコーヒーフィルターで漉す。そのまま飲んでも良いが、味がかなりきついのと長期保存が困難と思われるので、冷めないうちに湯煎しながら三温糖を少しずつ溶かしててゆき、「杉葉ガムシロップ」にしてジャムの瓶に移し冷まして冷蔵保存する。(上に詳しい図解を添付。 )

2009年4月8日水曜日

「杉には杉を」


アレルギー性鼻炎対策で「杉葉」を煎じる。 

30代半ばにかかるころから春先に「アレルギー性鼻炎」と思われるクシャミがひどくなって来た。

ベコナーゼ、インタール等の点鼻薬も効果があったが、治療法の中で「注射療法」なるものを受けた。医師の説明によると注射液は「杉の成分」に該当するもので、週に1回体内に入れてゆくうちに、杉に対する免疫が出来てきて鼻炎の症状が軽くなるとの事だった。実際に効果があったようで、少し眠くなりはしたものの、くしゃみや涙で苦しむことが減ってきた。保険が使えたが結構費用が気になった。

 一方、首都圏の林業家に何人か知り合いがいて、杉ならいくらでも手に入るのでこれを何とか活用してみようと考えた。それまで「喉のかすれ」対策のうがい薬として「甘草」を何度も煎じて飲用して効果を得ていたので、試しにその要領で杉葉を煎じたらどうかと、その年の晩秋から挑戦してみた。 杉葉は自動車が滅多に通らない群馬県の山奥から秋に手に入れた。

2009年3月30日月曜日


 「だめか」と思いながら

ふと「高山病」の言葉が頭に思い浮かび、続いて山岳雑誌の医学記事に「そんな時は自分に言い聞かせ、『1、2。1、2。』と意識的に声を掛けるようにして息をしろ」と書いてあったことを思い出した。 「1、2。1、2。1、2。」心でつぶやきながら力を振り絞って「すーっ」と息を吸い、「はーーっ」と吐き出す。気力で繰り返す。 ゆっくり、ゆっくり、一歩、また一歩と、なぜか下へ戻らずに頂上へと進んだ。この間、時間にして20分弱だったような気がする。 360度全眺望の頂上に着き、歩を止めたら呼吸が戻って来た。       (この時の呼吸法を「数え呼吸法」と呼ぶことにしておく。)